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活動報告

海外企業視察

青年部海外研修2日目

青年部海外研修2日目

青年部海外研修2日目

来月は名物マカオグランプリが開催されるとのことでホテル目前にあるピット群前には公道にもかかわらずスターティンググリットが書かれ、否が負うにも気分が盛り上がっていた。観光の前半は現代の澳門を代表するマカオタワーとザ・ベネチアンを見学した。独立タワーとしては世界第10位の高さを誇るマカオタワー。地上233メートルまで一気にエレベーターで昇るとそこは目がくらむような天上界。360度パノラマの景色を堪能していたが、床下がガラス張りのところが多々あり、そこの上に立つだけでも震え上がりそうな感じがになってしまった。ここでは日本のテレビでよく芸人が罰ゲームなどでやらされる、窓の外を歩くスカイウォークや、ギネスブックにも載っているバンジージャンプなどのアトラクションもあり時間があれば参加してみるのもいいかもしれない。実際テレビで芸人を笑って見ていたが自分でやるのは笑い事ではないアトラクションである。次の見学の前に腹ごしらえ。『ダンボ』でポルトガル料理。色々出たがイワシの焼いたやつがとてもおいしかった。やはり魚食いの日本人だと実感した。食後に1杯くらい飲むポートワインをたらふく飲み、最後にエッグタルト。日本でもエッグタルトが一時期はやったがポルトガル料理とは思いませんでした。お腹一杯になったところでザ・ベネチアンの見学に移りました。移動中の話ですとマカオの半島は信号があるが、島部は信号が無いとの事。ロータリーをうまく使いスムースに流れていました。ザ・ベネチアンは世界最大級の商業施設を目指し現在建築中の建物で、一部がプレオープン中との事での見学でした。それでも中は広大で、とくに本場ベニスを模し、店内にある川をゴンドラで移動できるアトラクションは日本人女性に大人気との事であった。ここでもデューティーフリーや飲食街、カジノなどがたっぷりのスペースで並び全館オープン時はとてつもない施設になるであろうと想像された。
観光の後半は世界遺産の旅である。まず、最初にマカオのシンボルでもあり世界遺産の代表格聖ポール天主堂跡を見学。幅20メートル高さ19メートルのバロック建築。何回かの火災の為教会のファサードのみが残されている。補強はしているが地震が無い地域ならではの保存状態である。この建物の建設には安土桃山時代の隠れキリシタン弾圧から逃れてきた長崎の石工もかかわっているとの文献もあるらしい。そして聖母マリアを飾るボタンの花はポルトガル、菊の花は日本を現しているらしい。また、併設されている聖・ポール博物館ではその歴史の一端に触れることが出来、日本との強いつながりを感じさせた。
聖・ポール天主堂跡の隣には道教の厄病を抑える神童ナーチャを祭るナーチャ廟がひっそりとたたずむ。西洋宗教と東洋宗教の融和の象徴としてこれも世界遺産に数えられている。その横にそびえる旧城壁。1569年に外敵から守る為に作られた城壁であるが、石造りではなく土で出来ている。その当時の大砲が鉄球を飛ばすだけであるとの性格を如実に現していてとても面白く感じた。イエズス会記念広場から街中を散策しながら移動し、聖・ドミニコ教会を見学した。当日は日曜日ということもあり、ミサが行なわれていた。世界遺産の中でミサが受けられるのはとても心の洗われる気持ちになるのではないか。邪魔者はそっと退出させていただいた。セナド広場を通り民政総署を見学。ポルトガルがスペインの圧制下に置かれていたときもポルトガル国王に援助を惜しまなかったマカオに対し、スペインの圧制を逃れた後感謝の気持ちを込めて植民地から独立市への昇格で応えたポルトガル、マカオ双方の誇りの元市庁舎である。また、このセナド広場に面してはアジアで初めて慈善福祉活動を行なった仁慈堂などもあった。
世界遺産の観光も終え一行は船で澳門からシンセンの福永まで移動することとなった。今回も特別行政区をまたがるとの事で入出国審査が必要。船に乗っている時間は1時間であるがなんだかんだ時間がとられてしまうのはしょうがないものなのであろうか。
夜も遅くぐったりしながらの夕食で食も進まずビールも水で薄めたようなものが出たりと大変な夕食であった。夕食後は翌日見学予定の岡部工業㈱の岡部社長とカラオケを夜遅くまで楽しみ、茨城の歌の実力を見せ付けることが出来た。(笑)